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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)247号 判決 1995年11月09日

原告 本間君子

右訴訟代理人弁護士 岡村親宜

被告 足立労働基準監督署長 熊谷正彦

右指定代理人 新堀敏彦

<ほか四名>

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告が、平成二年八月一日付けで原告に対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

第二事案の概要

本件は、建設事業のいわゆる一人親方として労働者災害補償保険法(以下「法」という。)により同保険(以下「労災保険」という。)の特別加入を認められた本間製作所こと本間光也(以下「光也」という。)の受傷による死亡(以下「本件災害」という。)が業務遂行中の災害とは認められないとした右不支給処分(以下「本件処分」という。)につき事事認定及び判断を誤った違法があるとして、妻である原告がその取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実

1  原告の夫光也は、鋼材による建築金物の製作、取付け等を業とし、妻原告と二名でこれを営む自営業者であり、法二九条に基づき、建設の事業の一人親方として労災保険の特別加入を承認されていた者である。

2  光也は、平成二年四月一九日、取引先の日栄産業株式会社(平成四年一月一日に日栄インテック株式会社に商号変更。以下「日栄」という。)から、空調機の室外機用架台二台(縦四・四メートル、横五メートルの横溝鋼に床と接着するための穴を空けた特別注文の工作物。以下「本件製品」という。)の製作・納品を受注したので、有限会社熊乃前鋼材商店から材料の横溝鋼を購入し、自宅隣接の作業所において、注文どおり製作した。

光也は、平成二年四月二四日、納品のため自家用トラックに本件製品を積載し、右車両を運転して、荒川区西尾久七丁目五七番八号所在の日栄の本社前路上に停車し、同日午後四時五〇分ころ、右車両にくくりつけてあったロープを外したところ、本件製品の鋼材がトラックから落下し、その下敷きとなり、同日午後五時四〇分ころ、日本医科大学付属病院において、頭蓋内損傷により死亡した。

3  原告は、平成二年五月一八日、本件災害が業務上の事由によるものであるとして、被告に対し、法一二条の八第二項に基づき、遺族補償年金、遺族補償年金前払一時金及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は、本件災害は業務上の事由によるものとは認められないとして、平成二年八月一日付けでこれらを不支給とする旨の本件処分をした。

4  原告は、本件処分を不服として、東京労働者災害補償保険審査官に対して審査請求をしたが、同審査官は、平成三年八月三〇日付けで右審査請求を棄却する旨の決定をした。

そこで、原告は、労働保険審査会に対し、再審査請求をしたが、同審査会は、平成六年六月二二日付けで右再審査請求を棄却する旨の裁決をした(なお、弁論の全趣旨により、右裁決が原告に到達した日は同年七月二日と認められる。)。

二  争点

本件災害に業務遂行性が認められるかどうか。

(原告の主張)

1 一人親方の特別加入について

一人親方の特別加入制度の趣旨は、労働基準法上の労働者の労災補償制度と同等の補償を行うことにあり、同法上の労働者に労災補償が行われるのと同様の場合は、特別加入制度により加入した一人親方に対しても労災補償を行うこととしていると解すべきである。

したがって、法の定める特別加入者、労働者災害補償保険法施行規則(以下「規則」という。)四六条の一七の定める一人親方、さらに労働省労働基準局長が定める昭和五〇年一一月一四日付け基発第六七一号通達「特別加入者に係る業務上外の認定の取扱い」(以下「基発第六七一号通達」という。関係部分は別紙記載のとおり)の「建設業の一人親方」の業務災害及び通勤災害の範囲は、労働基準法上の労働者に労災補償制度が適用されるべき場合と同等の範囲と解すべきであり、労働省は、これらの者の業務災害及び通勤災害の範囲を自由に縮小する裁量権を有するわけではない。

2 業務上外の認定について

建設請負事業は、施主から建設工事を請け負った元請事業者がその全部又は一部を下請事業者に下請けさせ、下請事業者は、元請事業者から下請けした工事の全部又はその一部を孫請事業者に孫請けさせ、更に孫請事業者は、下請事業者から孫請けした工事の全部又は一部を孫々請事業者に孫々請けさせるなど数次請負して仕事を完成させているのが通例である。そのため、労働基準法八七条一項は、建設請負事業が「数次の請負によって行われる場合においては、災害補償については、その元請負人を使用者とみなす」と定めている。この考え方は、「建設業の一人親方」の業務遂行性を認める業務の範囲についても、その制度の趣旨から適用されるべきである。

なお、基発第六七一号通達第一の一の(2)のイの(ハ)は、一人親方の自家内作業場における作業が請負契約に基づくものであれば業務遂行性を認め、その(注)は、請負契約に基づくものでなければ業務遂行性を認めないとするにすぎず、それ以上の特別の定めをしたものではないと解すべきである。

そして、一人親方が数次請負により請け負った場合、元請事業者の事業がいわゆる「建設の事業」であれば、その一部の請負である一人親方の業務もいわゆる「建設の事業」と解するのが相当である。

仮に右のように解することができないとしても、右通達の「建設業の一人親方」の「業務遂行性」を認める業務としての「請負契約」は、建設の事業が細分化され、数次請負により行われている実態をかんがみ、「建設業における請負工事に係る契約」と解すべきではなく、文字どおり「請負工事」であれば足りると解すべきである。

3 光也の業務と業務災害の認定について

光也が営んでいた本間製作所は、建築金物である支持架台等の製作及び取付けの請負工事を主たる業務とし、日栄も建築金物の製造販売のほかその製作、取付けの請負工事を行っていた。

有限会社石原設備工業(以下「石原設備」という。)は、施主から請け負った本件製品を製作して施主の工場内に設置する請負工事を株式会社三協商会(以下「三協商会」という。)に下請けさせ、三協商会は、更に日栄にこれを孫請けさせたところ、光也は、平成二年四月一九日、日栄から、右請負工事の一部である本件製品を製作して同社に搬入する工事を請け負った。

したがって、「請負契約によらないで製造又は販売を目的として建具等を製造している場合」には該当しないから、別紙記載の(ハ)の(注)には該当しない。

4 以上のとおりであるから、光也が被災したとき従事していた業務は、「建設の事業」であり、別紙記載の(ニ)に該当し、業務遂行性があるというべきである。

仮に右(ニ)に該当しないとしても、特別加入制度の趣旨及び一人親方の特別加入制度の趣旨に照らし、光也の被災当時の業務は、光也が直接石原設備から請け負った場合と実質的に同一の業務であるから、右(ニ)に定める業務に準ずる業務として、業務遂行性が認められるというべきである。

(被告の主張)

1 一人親方の特別加入について

(一) 労災補償制度は、もともと労働基準法上の労働者の労働災害に対する保護を目的とした制度であるから、労働者でない者に対しては本来的にはその保護が及ばないことになるが、労働者でない者の中にも、一部ではあるが、業務の実態や災害の発生状況等からみて、労働者に準じて労災補償制度による保護を及ぼすにふさわしい者が存在することは否定できない。

そこで、これらの者について、労災補償制度本来の建前を損なわない範囲、かつ、災害が起こった場合の業務上外の認定等保険技術的に可能な範囲で、特に保険加入を認め、労災保険による保護を図ることとした制度が特別加入制度(法二七ないし三一条)である。

(二) 特別加入制度では、すべての業種について加入が認められるのではなく、法二七条によって加入できる者が限定され、法三一条では、その特別加入者の業務災害及び通勤災害に関し必要な事項は労働省令で定めるとされている。

(三) いわゆる一人親方は、法二七条三号の「労働省令で定める種類の事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者」に該当する場合には、特別加入ができることとされており、「労働省令で定める種類の事業」については規則四六条の一七で定められている。

(四) いわゆる「建設の事業」に包含される具体的職種には、種々のものがあるが、一人親方として特別加入ができる建設事業の内容については、規則四六条の一七第二号により、「土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体又はその準備の事業」とされている。そして、「製造」事業の一人親方は、規則四六条の一七に規定されていないので、法二七条三号に規定されている者には該当しないから、特別加入することはできない。

2 業務上外の認定について

法三一条では、法二七条各号に掲げる者の業務災害及び通勤災害に関し必要な事項は労働省令で定めるとされ、規則四六条の二六で、法二七条各号に掲げる者に係る業務災害及び通勤災害の認定は、労働省労働基準局長が定める基準によって行うこととされている。これを受けて、同局長は、基発第六七一号通達により規則四六条の二六所定の基準を定めており、建設業の一人親方の業務上外の認定に関しては別紙(抜粋)のとおり定めている。

別紙記載の(ハ)は、その(注)に記載されているように、請負契約に基づく工事関係について業務遂行性を認めたものであり、工事に関する請負契約によらない製造又は販売を目的として、製造している場合については、業務遂行性は認められない。

3 光也の業務と業務災害の認定について

光也が営んでいた本間製作所の主な業務の内容は、建築資材である配管支持金具等の製造、加工及び取付け等であり、請負工事も行っている。光也の仕事は日栄の仕事が中心であったが、日栄の事業内容は、建築資材である配管設備用資材の製造、組立、加工、売買で、取付け工事は行っておらず、本件の事故当時は建設業の登録を受けていなかった。三協商会は、鉄管継手バルブコック揚水ポンプ等の製造及び販売等を目的とする会社であって、日栄とのそれまでの取引も資材の製造、加工を発注していたにすぎない。したがって、光也が三協商会を経由して日栄から建設ないし工事を目的とする請負契約を受注することもない。

石原設備は、施主から本件製品を施主の工場内に設備する建設工事を請け負い、三協商会との間で、三協商会が本件製品を製作する旨の請負契約を締結した。三協商会は日栄に対し、本件製品の製作を発注し、日栄は、光也との間で、右製作を目的とする請負契約を締結した。このように、日栄と光也との間の契約は、建設を目的とする請負契約ではなく、製品の製作を目的とする請負契約であるから、本件災害は別紙記載の(ハ)の(注)の場合に該当する。

4 結論

建設業の一人親方の業務災害の業務遂行性を認める場合の契約は、建設業における請負工事に係る契約をいうと解するのが相当であるところ、右のとおり、光也が建設業における請負工事を請け負った事実はない。

したがって、本件災害は、「請負工事」に係るものではなく、製造・加工に係る納品の際に関するものであり、業務遂行性はないから、本件処分に違法は点はない。

第三争点に対する判断

一  争いのない事実、《証拠省略》によると、次の事実が認められる。

1  本間製作所こと光也の主たる業務は、建築資材である配管支持金具の製造、加工及び取付け等であり、その請負工事も行っていた。それらの作業は光也と妻の原告の二人で行っていた。

なお、光也が取り扱う商品は、既製品ではなく注文品であった。

2  日栄は、光也の取引先のうちの一社であり、その取引額は光也の全取引額の一二分の一弱である。日栄の業務内容は、建築資材である配管設備用資材の製造、組立、加工、売買であり、取付け工事は行っていない。日栄が建設業の許可を得たのは、本件の事故後の平成六年七月二〇日である。

3  三協商会は、鉄管継手バルブコック揚水ポンプ等の製造・販売等を目的とする業者であって、本件の事故当時までの日栄との取引としては資材の製造、加工の発注をしていたにすぎない。

4  石原設備は、平成二年四月、施主から、本件製品を施主の工場内に設置する建設工事を請け負い、三協商会に対し、本件製品の製作を請け負わせた。三協商会は、その製作をさらに日栄に下請けさせ、日栄は、さらにその製作を光也に孫請けさせた。

5  石原設備から三協商会への発注はファクシミリによりなされ、三協商会から日栄へ、さらに日栄から光也への発注もファクシミリにより石原設備の注文書の記載が順次転送される形で行われた。それらに記載された注文内容は、いずれも本件製品の製作だけであって、取付け工事は含まれていない。そして、日栄、光也間の契約では、本件製品を日栄本社に納入するものとされた。

6  光也は、右注文書記載の仕様に従い、前記鋼材販売業者から材料の鋼材を購入し、これを加工して本件製品を製作した後、日栄本社に納入する際、本件の事故にあった。

二  ところで、労災保険は、労働基準法上の労働者の労働災害に対する保護を本来の目的とする制度であるから、事業主、自営業者等のように労働者でない者に対しては保護が及ばないのが原則である。しかし、労働者でない者の中には、業務の実態、災害の発生状況等から、労働者に準じて労災保険制度により保護するのが相当と考えられる者が一部存在することも事実である。

そこで、これらの者について、右のような労災保険制度の本来の目的を損なわず、かつ、災害が発生した場合の業務上外の認定等の保険技術的に可能な限りにおいて、特例として保険加入を認めることとした制度が特別加入制度(法二七ないし三一条)である。したがって、特別加入制度は、すべての業種について認められるわけではないし、特別加入者の被った災害が業務災害として保護される場合の業務の範囲は、労働者の行う業務に準じた業務の範囲に限られるのであって、特別加入者の行うすべての業務に対して保護が与えられるのではない。

このような特別加入制度の趣旨から、法二七条、規則四六条の一七により加入することができる者の範囲が制限されている。また、特別加入者の業務又は作業の内容は、労働者の場合と異なり、労働契約に基づく他人の指揮命令により決まるものではなく、自己の判断によって決まる場合が多いので、その業務又は作業の範囲を確定することが通常困難となるため、保険技術的な面から、規則四六条の二六により、特別加入者についての業務上外の認定は、労働省労働基準局長が定める基準によって行うこととされている。これを受けて、同局長は、基発第六七一号通達により、業務遂行性及び業務起因性について基準を定めている。

一人親方については、法二七条三号の「労働省令で定める種類の事業を労働者を使用しないで行うことを常態とする者」に該当する場合には、特別加入をすることができるところ、右「労働省令で定める事業の種類」は、規則四六条の一七で定められている。一人親方として特別加入することができる建設事業の内容については、業務の危険度、業務の範囲の明確性ないし特定性等を考慮して、規則四六条の一七第二号により、「土木、建築その他の工作物の建設、改造、保存、修理、変更、破壊若しくは解体又はその準備の事業」とされており、建設業の一人親方等の業務上外の認定に関しては、基発第六七一号通達では、別紙(関係部分のみ抜粋)のとおり定められている。そして、前記のとおり特別加入制度の趣旨から加入できる者の範囲が限定されていること、製造事業の一人親方については規則四六条の一七には規定されておらず、法二七条三号に規定される者には該当しないので特別加入はできないこと、同通達の第一の一の(2)のイの(ハ)の(注)において、別紙のとおり、請負契約によらないで製造又は販売を目的として建具等を製造している場合につき業務遂行性を認めないものとしていることなどに照らすと、同通達にいう「請負契約」ないし「請負工事」とは、建設業における請負工事契約ないし建設業における請負工事であると解するのが相当である。

一人親方の場合を含む特別加入制度の趣旨及び概要は以上のとおりであり、右制度に関する原告の所論は、独自の見解であって、採用することができない。

原告は、労働省が特別加入者に関する業務災害及び通勤災害の範囲を自由に縮小する裁量権を有するわけではないと主張しているが、その前提とする特別加入制度の趣旨に関する見解自体、右のとおり採り得ないところであるし、規則四六条の一七、基発第六七一号通達は、前記の制度の趣旨に従って、それぞれ委任規定(前者につき法二七条三号、後者につき法三一条・規則四六条の二六)に基づき細目を定めているのであって、これらの規定に違法な点はない。

原告は、建設業の数次請負については、労働者の場合の労働基準法八七条一項の趣旨を一人親方の場合にも及ぼすべき旨を主張しているが、先に説示した特別加入制度の趣旨にかんがみると、このような見解を採用することはできない。

また、原告は、数次請負の場合、元請事業者の事業が建設業であればその一部の請負である一人親方の業務も建設の事業と解すべきであるとも主張しているが、そのように解すると、一般の建築資材の製造・加工の事業者すべてが建設事業従事者に該当し、前記の制度の趣旨に沿わない結果となるのであって、このような解釈が無理であることは多言を要しない。

さらに、原告は、基発第六七一号通達における建設業の一人親方についての「請負契約」は「建設業における請負工事に係る契約」と解すべきではなく、文字どおり「請負工事」であれば足りると解すべき旨を主張しているが、そのような見解を採り得ないことは先の説示から明らかである。

三  そこで、右二で説示したことを前提として、本件災害における業務遂行性の有無を検討するに、前記認定事実によると、光也は日栄から本件製品の製作を請け負ったにすぎないから、本件災害は、基発第六七一号通達第一の一の(2)のイの(ニ)の「請負工事に係る」ものではなく、したがって、業務遂行性が認められない。

原告は、特別加入制度等の趣旨に照らして、光也の業務は直接石原設備から請け負った場合と実質的に同一の業務であると主張している。

しかし、右制度の趣旨については右二で述べたとおりであり、業務の点についても、石原設備は下請業者の三協商会には本件製品の製作を発注をしたにすぎないし、日栄、光也間の請負契約では納品場所が日栄本社とされており、現に光也は同所に納品しようとしたことからすると、日栄、光也間の請負契約が本件製品の取付け工事を含むものでないことは明らかであるから、原告の主張は理由がない。

第四結論

以上の次第で、本件災害を業務上の災害と認定しなかった本件処分に違法な点はないから、その取消しを求める原告の請求は理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 小佐田潔 三浦隆志)

<以下省略>

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